1898年のアメリカ・スペイン戦争は [広告・アメリカ・マスコミ]

国内で激しい競争をしていたアメリカのイエロー・ジャーナリズムがその端緒をつくった事件として有名であるが、第一次世界大戦の際も計画的な宣伝攻防戦が相互の交戦国で行われている。

第一次世界大戦の敗戦国ドイツでは、相手側からの敗戦思想を植え付ける対敵宣伝によって富裕なユダヤ人の一部が動揺したことが最大の敗因であるとの分析が信じられ、これが、従来からのゲルマン人の反ユダヤ主義と結合してヒトラーのユダヤ人弾圧の口実ともなった。

その後、ソビエト連邦の成立とともに社会主義型の宣伝が脚光を浴びてくる。
指導者レーニンは、政治宣伝と扇動とを区別した。

つまり、扇動とは大衆をたとえ話や情緒的スローガンを用いて、デモ、ストライキ、武装蜂起などの具体的行動にたたせるための組織化の手段である。

これに対して、政治宣伝は直接それを目的とせず、むしろ指導的立場にある者への理論武装化のための言論活動である、という。

そこで、かつての社会主義国家においては、マス・メディア、学校、組合その他すべての集会が宣伝のためのチャンネルと位置づけられていた。

しかし、世界が国際化、情報化の波にさらされる現代では、さすがに事情が変わってきている。

これと対照的なものがファシズムの政治宣伝である。

ヒトラーの指令によりゲッベルスによって主として行われたナチスの政治宣伝の特質は、不安定な社会状況を巧みについたものであった。

ナチスは、つねに国民の組織化運動や仲間集団を暴力で破壊し、個人を孤立させ不安な感情状態にさせる。

このばらばらで非合理的な欲求不満の大衆に対して、マスコミや集会演説で暗示をかけることによって、ドイツ民族エリート主義のイデオロギー支配をねらったが、敗戦により崩壊した。

第二次世界大戦後のアメリカは、典型的な自由主義型の政治宣伝に類別される。
つまり、既存の政治的な価値体系である自由と民主を中核として、この価値あるものを外敵の侵略から守りつつ、国民の信条や生活感情の共通部分をつくりあげていくという方法である。

「マッカーシズム」がその極端な一典型である。

しかし、これを他国に強制するようになると、ベトナム戦争のような悲劇を引き起こすことになる。
update:2010年02月25日