1712年イギリスの 「蒸気機関車・歴史・旅行」
T・ニューコメンはシリンダー中に蒸気を吹き込み、次に水で冷却して真空をつくり、大気圧によってピストンを動かす実用蒸気機関をつくった。
ニューコメンの蒸気機関は約70年の間使用されたが、熱効率はきわめて低かった。
この原因が蒸発の潜熱にあることを知ったイギリスのJ・ブラックの示唆により、J・ワットが1765年、シリンダーとは別の蒸気凝縮器をつくり熱効率を改善した。
さらにワットは往復動型式の蒸気機関を74年につくり、さらに遠心調速機、遊星歯車を考案、それを使って回転する出力軸をもつ蒸気機関を作製し、広く使用された。
ワットの機関は、ピストンの両側に蒸気を導き、蒸気の圧力でピストンを動かすようになっていた。
この発明は、イギリスの産業革命を達成する一原因となった。
しかしワットは高圧蒸気を使用しなかったため、熱効率はまだ悪く、機関は大型であった。
イギリスのR・トレビシックは1805年に、大気圧の2倍程度の高圧蒸気を利用する蒸気機関をつくり、熱効率の向上と機関の小型化の道を開いた。
55年には自己張出し型ピストンリングがイギリスのラムスボトムJ. Ramsbottomにより発明され、非常に高い圧力の蒸気を用いることが可能になった。
また82年にC・ド・ラバルは、1枚の羽根車にノズルより高速の蒸気を吹き付ける単段衝動型蒸気タービンをつくり、84年にC・パーソンズは、多数の羽根を植えた数枚の固定羽根と回転羽根車からなる多段反動型タービンをつくった。
この二つのタービンは小型で大出力を得られるので、20世紀からは、船舶、火力発電所の動力源として広く使用されている。
高圧蒸気機関は材質などの原因で初期には爆発事故を起こしたが、危険な蒸気のかわりに空気を用いる熱空気機関が1817年にスコットランドの牧師R・スターリング、26年にスウェーデンのJ・エリクソンによってつくられた。
しかし微小な出力しか得られず、家庭の扇風機の動力源程度にしか用いられなかった。
しかし自動車の排気ガス規制が厳しくなった現在、汚染物質の少ない機関として一部でふたたび研究されている。
ニューコメンの蒸気機関は約70年の間使用されたが、熱効率はきわめて低かった。
この原因が蒸発の潜熱にあることを知ったイギリスのJ・ブラックの示唆により、J・ワットが1765年、シリンダーとは別の蒸気凝縮器をつくり熱効率を改善した。
さらにワットは往復動型式の蒸気機関を74年につくり、さらに遠心調速機、遊星歯車を考案、それを使って回転する出力軸をもつ蒸気機関を作製し、広く使用された。
ワットの機関は、ピストンの両側に蒸気を導き、蒸気の圧力でピストンを動かすようになっていた。
この発明は、イギリスの産業革命を達成する一原因となった。
しかしワットは高圧蒸気を使用しなかったため、熱効率はまだ悪く、機関は大型であった。
イギリスのR・トレビシックは1805年に、大気圧の2倍程度の高圧蒸気を利用する蒸気機関をつくり、熱効率の向上と機関の小型化の道を開いた。
55年には自己張出し型ピストンリングがイギリスのラムスボトムJ. Ramsbottomにより発明され、非常に高い圧力の蒸気を用いることが可能になった。
また82年にC・ド・ラバルは、1枚の羽根車にノズルより高速の蒸気を吹き付ける単段衝動型蒸気タービンをつくり、84年にC・パーソンズは、多数の羽根を植えた数枚の固定羽根と回転羽根車からなる多段反動型タービンをつくった。
この二つのタービンは小型で大出力を得られるので、20世紀からは、船舶、火力発電所の動力源として広く使用されている。
高圧蒸気機関は材質などの原因で初期には爆発事故を起こしたが、危険な蒸気のかわりに空気を用いる熱空気機関が1817年にスコットランドの牧師R・スターリング、26年にスウェーデンのJ・エリクソンによってつくられた。
しかし微小な出力しか得られず、家庭の扇風機の動力源程度にしか用いられなかった。
しかし自動車の排気ガス規制が厳しくなった現在、汚染物質の少ない機関として一部でふたたび研究されている。
update:2009年08月20日
